会話と文章と心のギャップ

誰かと会話をしたり文章でやりとりするのはみなさん日常的に行われていると思います。

特に近年メールやインターネットが普及して文章でやりとりする機会も増えたのではないでしょうか?

自分が社会経験の浅い頃には会話と心のギャップに苦しんだことがあります。

思ったことが上手く言えなかったり思ってもいないことを言ってしまって後で困ったりしました。

文章を書く時も本音をストレートに表現出来ないことはよくあります。

このように考えると会話と文章と心にはギャップのあるもののように思えてきます。

とくに外国人と交流する場合にはこのギャップが広がる傾向があると思います。

以前国際交流経験の豊富な人の会話や文章が国内交流のみの人と少し違うように思った事があります。この時は外国人の影響を受けているのだろうと思っていました。

外国人と交流する時はなるべく理解しやすい表現をしたり例え話を使って納得してもらえるように努力します。

このため日本人同士がよく使う言い回しを使わない場合もあります。例えば本音や本心の事を心の奥でと表現したりします。

会話や文章でやりとりして理解していた事が後になって心の奥の理由に気付いたりすることはよくあります。

このような事は誰でもある程度想像しながら無意識でも話を理解し納得すると思います。

学生時代に女性から恋愛の相談をしたいと言われたことがあります。話をしていくうちに恋愛の相手は自分だったという事がありました。

じつは仕事でもこれににた状況はよくある事です。これは日本人の特徴かと思っていましたが外国でもよくあるみたいですね。

そしてこのギャップには個人差があるようです。ギャップの多い人もいれば少ない人もいます。

ギャップの少ない人をストレートな人と言いますが必ずしもストレートが良いとか成功するわけではないようです。

上手なコミュニケーションのためには変化球も必要なようです。

また会話していた事が文章になるととても硬い表現や緩い感じの表現になることもあります。

このような場合はいったいどちらが本音なのか迷うこともあります。

最終的には会話や文章でやりとりした事に対してその人がどのように行動するかが判断基準になると思います。

よく有言実行などと言われますが話したり文章にしたことに対してそれがどのように実行されるかがその人の信頼を計る基準になるようです。

自分がこのブログを投稿し始めた頃は文章と本音のギャップに苦しみました。

しかし投稿を重ねていくうちに上手になってきたようです。それは文章を書く経験の浅い人の文章を読んだときに気が付きました。

逆に経験豊かな人の会話や文章を読むとその表現力の豊かさに強く感心するようにもなりました。

どのような事でもある程度数をこなさないと分かってこない事があるようですね。

普段無意識でしている会話や文章も改めて考え直すと深いものがあると思います。

この記事を書いた人

東 春平代表取締役 / 音響エンジニア
音響と音楽で皆さんの役に立つことを考えています。

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