個人主義と集団主義について

中国の皆さんと交流するようになってから折に触れて考えるようになった事があります。

それは個人主義についてです。中国のパートナーと交渉をしていて上手くかみ合わない時があります。

そのような時に「中国の皆さんは個人主義だから・・・」という言葉を耳にします。

個人主義を広辞苑で調べると

個人を立脚点とし、社会や集団も個人の集合と考え、それらの利益に優先させて個人の意義を認める態度。

ルネッサンスおよび宗教改革期における個人的・人格的価値の発見により自覚され、社会の近代化の進行に伴って普及するに至った。

俗に利己主義と同一視されるが、基本的に別である。

とありました。難しいですね。

さらに利己主義を調べると

自己の利害だけを行為の規準とし、社会一般の利害を念頭に置かない考え方。主我主義。

とあります。

戦後の高度経済成長の日本は集団主義だったように思います。社会が近代化するに伴って個人主義が普及してきました。

個人主義と聞いてまっさきに思い付くのは米国です。米国の個人主義と中国の個人主義はとても同じとは思えません。

その理由な何なのでしょうか?

このことに関してはずいぶん考えています。中国は米国と日本の中間くらいの個人主義レベルだと言う人もいます。

本当にそうなのでしょうか?

では欧州の先進国ではどうなのでしょうか?やはり米国とは質はちがうけれども個人主義が普及しているように思えます。

中国との交渉が上手くかみ合わないときに使われる個人主義の言葉は本来の意味と違うような気さえしてきます。

自分はよく商習慣や道徳観の違いという言葉を使います。しかしこの言葉は中国に理解の浅い日本人の方には理解してもらえないことがあります。

もっとピッタリとはまる言葉を探しているのですが見つかりません・・・。

例えば「今日の晩ご飯カレーにするけどいい?」と聞かれて「いいよ」と答えました。

そして晩ご飯に出てきたのは焼き魚でした。「買い物にいったら魚が美味しそうだったから・・・」といった感じです。

もし聞かれた時に「カレーでなきゃ怒るよ」とか「カレーじゃなきゃ食べない」のようにと答えるとカレーが出てくるといった感じです。

でもこんな人って日本人にもいそうな気がしますけどね(笑)。本質にピッタリはまる言葉探しはとうぶん続きそうです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です