大企業の営業担当者

私は会社の代表を務めさせていただいているのですが、今年の1月から採用した社員に付いて思ったことがあります。その社員は某大手電機メーカーの営業でした。

昨今のリストラブームで希望退職をして当社の営業担当になりました。「ほうれんそう」って言葉を知っている人は多いと思います。

「報告・連絡・相談」の略なのですが、特に大手企業などはこのような事を徹底して社員教育に取り入れているようです。当社に来た元大手電機メーカの社員もこの「ほうれんそう」が徹底されていました。

要求していないのに「週間報告書」を作成してきたりイントラネット(社内専用のインターネットサイト)の掲示板に積極的に業務連絡の書込をします。

大企業経験のないふつーの人材などは、まずこの「ほうれんそう」から教えなくてはならないのでその点ではさすが元大企業の社員と思いました。しかし、です。

文章の内容が簡潔すぎて拡大解釈をすると意味不明なのです。その文章は究極の箇条書きと言っても良いかも知れません。

ビジネスの世界はいかに経済効果を上げるかが結果ですから、報告を受ける方としては、そこまでに行く課程も大切なのですが最終的には結果がどうなる見込みかが知りたいわけです。

その社員の箇条書は読み方によって解釈がOKともNGとも取れるのです。本人と直接話をして聞いてみるとOKともNGとも言えないとのことです。

これはたしかに正直な表現かも知れません。しかし報告を受ける方としては「白黒はっきりしないけれどもたぶん白だと思う」のような所感が聞きたいわけです。このように感じるのは私だけでしょうか?

自分に関わる出来事を言葉にすることは普通の社会人であれば簡単にできることだと思います。そしてそれを受けて自分はどう感じどう思ったか、またはどうするべきか、を考えて述べるのが大人の発言ではないでしょうか?本人にそういった質問を直接問いかけるとちゃんと答えが帰ってきます。

ということは報告書や掲示板に書く文章の表現力の問題なのでしょうか?

私の考えた結果では報告書や掲示板に書く時点では、その物事をそんなに深く考えていないということなのです。そして直接相手から質問されたときに深く考えて答えていると思うのです。

私はこの忠告を本人にするべきか否かを考えています。まだ稼働して1ヶ月(実働は1ヶ月弱)ですからもう少し様子を見てからにしたほうが良いのか、すぐに話した方がよいのか、またはこのようなことは言わなくてもよいことなのか・・・このような事を思う自分は考えすぎなのでしょうか?

「深読み」という言葉がありますが、自分はこの言葉が好きです。物事を深読みすると日常生活のありきたりな物事に新たな発見を見い出すことがよくあります。

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